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2009 年 3 月 のアーカイブ

ボルダー三日目:帰国

2009 年 3 月 27 日 コメントはありません

時差ぼけの影響が今頃になって出始めて、ヘトヘトだった。N氏にバス停まで送っていただき、バス停からデンバー空港までバスで移動、1時間強。

実はボルダーに来る前、CIESINからLaGuardia空港まで送迎サービスを利用し、予想以上に出費がかさんだため、ボルダーについた時点で現金残額$14。ボルダー→Denver空港は$12。ボルダー滞在中にN氏やL氏にご馳走になることが無ければ、帰ることができませんでした(ATMでキャッシングという手もあるが)。感謝感謝です。

デンバーを発ち、サンフランシスコを経由、日本に帰国した。前日の朝のニュースで、成田空港で大事故があったのを報道されていたからどうなるかと思ったけど、無事予定時刻に到着。成田の到着ロビーがやたらと騒がしいと思ったら、WBCの選手団が戻ってくる予定だったらしい。

日本に無事に着いてほっとした。時差ぼけがしんどい。

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ボルダー二日目

2009 年 3 月 27 日 コメントはありません
NOAA NGDC訪問

ボルダーでの二日目にはNOAA NGDCに訪問する予定。NOAA NGDCでは、さまざまな主題データに使われる基礎データの整備、検証、校正等の研究が取り組まれている。僕の都市域マッピングも一種の主題データ研究なので、データを使わせてもらう立場として日頃お世話になっている研究機関だ。

実はカウンターパートがドタキャンして、本訪問がどうなるか不安になったが、代理のかたがとても良くしてくれて、これといって大きな問題もなく僕の研究を紹介することができた。しかし、校正データをとるために離れている人が多かったようで、出席者は5名。CIESINに比べて少なかったが、中の人に僕の研究の存在を知ってもらえればとりあえず目的達成なので、人数の多少に贅沢は言わないことにする。

さすがこのような場では技術的な指摘がとても勉強になる(というか勉強不足を思い知らされる)。今後もなんとかコンタクトを維持したいね。

その後、代理のかたともう1名のかたとネパール料理店で食事。ビュッフェだったけど、あまり食欲が無かった。そろそろ疲れが見えてきた。

中国人の友人と散策

NOAA NGDCでの発表と食事を終えて、ボルダー在住の中国人の友人L氏にSkypeOutで連絡をとる。L氏は一昨年秋まで修士課程で自分と同じ研究室に所属していたが、博士課程からはコロラド大学に転入しボルダー住民になった。お互い変わらないなあと言いつつ、散策に出発。

中腹と言うには下過ぎるか

中腹と言うには下過ぎるか

日本では南浦和からTX柏の葉キャンパスまで電車、TX柏の葉キャンパスから研究室まで自転車だったL氏だが、ボルダーでは自動車を乗り回していた。自動車が無ければ暮らしていけないそうだ。「アメリカは自動車社会」というよりもボルダーだからといったほうが正しいんだろうなぁ。実際、NYCではそんなこと感じられなかったし。昨日のN氏によればボルダーはデンバーまでのバスがあるだけまだマシというし。

ボルダー市街地を背景に

ボルダー市街地を背景に

L氏と昨日の中腹とは別の山の中腹に行った。もっと奥には国立公園があったり、2時間登れば頂上に行けたりと楽しみは多くあるのだが、この時点で既に14:30を過ぎている。ハイキングというには過酷な時間帯になりかねないので、中腹で断念。次に遊び目的で来たときに行くことにしよう。

Boba tea

Boba tea

その後、L氏お勧めのミルクティーを飲みに行く。ミルクティーといってもファーストフードのソフトドリンクのようなもので、Bobaなる黒い玉が沈んでいる。Boba teaと呼ばれていて、その発祥は中国のようだ。Bobaの食感に好き嫌い分かれそうだが、僕にはけっこうおいしく感じられた。

その後、L氏から日本の指導教官だった先生と研究室へのお土産とメッセージカードを託され別れた。実はこのとき、N氏に言われた1週間経つと来る時差ぼけで相当心身ともに参っていた。L氏にホテルまで送ってもらい別れた後、即ベッドに倒れて寝てた。N氏との夕食までの90分ほどであったが、3~4時間くらい寝た気分だった。

N氏とネパール料理 時差ぼけと意識のはざまの中で

昼食にネパール料理を食事したが、夕食もN氏とネパール料理だった。といってもレストランは別々だった。ネパール料理店が多いのか、たまたま2店舗あったのか。お店ごとの特色があってとてもおいしく頂きました。日本人の口に良く合うよね。

実はこの時点で時差ぼけにともなう心身困憊が極みに達していて、ビールを飲んで「ビールで自分自身をごまかしました!」と言っても「全然ごまかせていないよ」と言われる始末。高校時代の食べっぷりを覚えているN氏には、僕の少食が心配だったようだ。すみませんでした。

N氏にホテルまで送ってもらい、明日に出る準備をして寝る。例によって、また夜中に2度ほど目が覚める。

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ボルダー一日目

2009 年 3 月 26 日 コメントはありません

ボルダー滞在中はインターネットのアクセスが都合よくできなかったので、帰国から1日経った今に書く。

LaGuardia空港からデンバー空港に5時間ほど飛ぶ。デンバー空港に着陸するときに窓から見えたのは寒々とした荒野だった。そのときの気分をたとえるなら、たいていのRPGには用意されている砂漠フィールドに入ったときに感じる新鮮さ(この感覚はマイナーか)。

デンバー空港からは附属ボート部コミュニティではおなじみのキャプテンことN氏に迎えに来ていただいた。ボルダーに向かう途中でN氏のご友人と食事させていただいた。みなさんとも週末はランニングや自転車で自分を鍛えているようだ。さすが高地トレーニングの聖地、ボルダー(by地球の歩き方)。

ボルダーの町並み

ボルダーの町並み

食事を終えてボルダーに着いてからN氏に山の中腹に連れていってもらった。そこから見えるボルダーの町並みは、こじんまりしているがまとまりがあって、街路樹と建物のモザイクに機能美を感じさせた。それだけでなく地平線がスゥーっと見えるのが心をすがすがしくさせた。地平線が見える内陸部なんて日本じゃありえないっしょ。ボルダーは観光地ではないが素晴らしいです。

その後、N氏とスーパーで買い物し、夕食へ。N氏が「ロッキーマウンテンオイスター」を強く勧めて、ご馳走になった。下の写真が「ロッキーマウンテンオイスター」なのだが、これが何なのか想像がつくだろうか。とりあえず牡蠣ではない。

ロッキーマウンテンオイスター

ロッキーマウンテンオイスター

こたえは牛の睾丸をスライスしから揚げにしたもの。睾丸というと少し汚いイメージがあるが、そんなことなくて普通にうまかったです。独特の食感があったが、どちらかというと豚ロースに似ているかな(もう3日前なのでよく覚えていない)。ビールと良く合う。

食事の間、WBC日本vsアメリカが店内のテレビで見られた。店内の人たちは全く関心無し。テレビの中のアメリカ人選手もやる気なさそうな感じ。実は日本と韓国がお祭り騒ぎしているだけじゃないのだろうかと思った(オフレコで)。

ホテルに戻り、明日の準備を、と思ったが、ものすごく疲れて電灯をつけたまま寝てしまった。N氏が言うには時差ぼけは1週間後に来るということだが、まさにそのとおりだった。結局、朝6時くらいに起床して準備した。

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NY四日目

2009 年 3 月 22 日 コメントはありません

昨日の発表での議論やコメントなどを整理して、レポートの前準備を済ませて(←これ重要)、さあニューヨーク市街地に出発だ。今日はマンハッタンの南部を回った。

自由の女神
警察も商売

警察も土産モノ商売

地球の歩き方によれば、インターネットで事前にチケットを購入することができる。やろうと思ったのだが、e-チケットをプリントアウトする必要があり、手元にプリンタがない僕には使えなかった。

地球の歩き方が指摘するように、確かにチケット売り場は混んでいた。でも10分もしないうちに購入できた。夏場のシーズンはもっと大変なのかなぁ。

チケットにはいくつか種類があるが、最も大きな違いは、像の中に入って登ることができるオプションの付属。僕がチケットを購入するときは11:00ぐらいだったけど、既に当日分は完売してした。インターネットじゃないとほぼ不可能だな。

チケットを購入し、フェリー乗り場で並ぶ。地球の歩き方にはチケットの購入に時間がかかると書いてあったが、むしろ乗り場の入場で厳重なセキュリティチェックが課せられているために200~300mくらい並んでいて30~40分くらい待たされた。寒風が身にしみる中、並んで待っている間に、路上パフォーマンスを披露している人が数人いたので、退屈することは気になるほどではなかった。

後から。拡大してみてみると...

後から。拡大してみてみると...

フェリーに揺られて10分くらい。自由の女神が立つ島に到着。島からの眺めは良かったけど、正直な話、自由の女神自体にはそれほど感動とか衝撃とか感じることはなかった。ただのでかい像でした。

それにしても自由の女神のたいまつの炎がこれに見えてしようがないんだ。

移民

移民

自由の女神を拝観が済んでから、フェリーでエリス島に移動して移民博物館を見学した。各地域からアメリカへの移民は全てエリス島の出入国の事務所で管理されていて、そのときのが建築物が修繕を経て博物館として公開されているのだ。雰囲気は郷土博物館に似ていて、これといって関心を高めるものではなかった。その中でも関心持ってみることができたのは、出入国の事務所が閉鎖された後の廃墟の写真展示。それまでに「こういうことがありました、ああいうことがありました」と説明されてきて最後にこれが来ると切なさのようなものがこみ上げてくる。写真家の腕が効いているためか、とても綺麗な写真だったし。

博物館から出てくるとき、フェリー待ちの行列が移民に見えた。

跡地は再建中

跡地は再建中

世界貿易センター跡地(World Trade Center Site)

自由の女神ツアーの次に、2001年9/11の同時多発テロによって崩落したWTC跡地のすぐ隣には祈念館に行ってきた。あの事件の様子や傷跡を、当事者の回想とかビルの跡地から発見された物品で生々しく見せ付けてくる展示内容になっている。幸いにも僕の親族や友人には当事件の関係者はいないので、こみ上げてくる感情が抑えられないとかないんだけど、特に関係者は感情的にどうにもならなくなっちゃう場合があると思う。そのためか、展示場のいたるところにティッシュが用意されていた。これで涙や鼻水を拭けと。

祈念館のティッシュ

祈念館のティッシュ

展示の順路を進めると、事件の後の人々のアクションに関する展示に入る。驚いたのはここでも広島が登場してきたことだ。貞子の折鶴のエピソードを交えて、広島の市民団体(だけかな?広島市は絡んでいない?よく覚えていない)が寄贈した千羽鶴が展示されていた。一昨日の国連での展示といい、広島が「平和」に果たす役目が世界的にインパクトがあることをニューヨークにまで来て初めて思い知った。

土曜のウォール街には観光客しか居ない

土曜のウォール街には観光客しか居ない

ウォール街

WTC跡地の近くにウォール街があるので、その足で行ってみることにした。土曜日だから仕事をやっている金融マンなんてどこにもおらず、観光客でいっぱいだった。ここの建築物は歴史的に価値があるためか、きちんとしたカメラで写真を撮っている人が多くいた。一方、日本人の芸術家であるイサム・ノグチの作品の周辺にはほとんど人がいなかった。あーあ。

アメリカの吉野家

これで今日は帰るかと思ったが、バスに乗るには時間が中途半端になった。何かを食べようと思って、またマックにしようとも考えたが、Port Authority Busternimalの近くに吉野家があったことを思い出して、アメリカの吉野家を試してみることにした。

YOSHINOYAのカウンター

YOSHINOYAのカウンター

アメリカの吉野家は、日本と同様にファーストフードの姿勢で展開されているが、カウンターで注文してその場に出てくるというスタイルではなく、マックのお店の中身をハンバーガーから牛丼に替えただけのような感じ。とても違和感を感じた。

Beef bowl Largeを注文してみた。でかい。日本での特盛くらいの量だと思う(1090kcalって書いてあった気がする)。器が丼の形状をしていなくてすごく食べづらかった(並盛の器は丼の形をしているみたい)。味は日本に比べて少し濃い。

味噌汁は話にならないほどおいしくない。ダシが全く効いておらず、「味付け湯」を飲んでいる感覚。旨味は欧米人には理解が難しいのかなぁ。セットでルートビアも頼んでみたが、全然牛丼に合わない。コーラにしておけば良かった。

Beef Bowl Large

Beef Bowl Large

以上、ニューヨークで押さえるべきところは押さえた気にはなっている。明日は朝イチにデンバーに飛び、デンバーからボルダーに移動です。さらばニューヨーク。

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NY三日目

2009 年 3 月 21 日 コメントはありません

今日は午前中に訪問先の研究機関CIESINで自分の研究の発表をして、昨日経路を確認した国連の人口部門に伺う予定。

CIESINでのプレゼン

始めの発表では16名ほどの研究者のかたが集まって僕の話を聞いていただけた。かなり好印象だった様子で、今回の訪問は認められる成果有と報告できる程度であった。ヨカッタ! レジュメに名刺をはっつけておいたので、興味ある人からは連絡がもらえるといいな。

実はこの発表の前にカウンターパートのかたのグループのミーティングがあって、そこでも僕がメインで喋っていたから、発表と合わせて90分弱くらいは発言し続けていたと思う。決して流暢ではない英語で喋り続けているのは、正直しんどかった(というか日本語でもしんどい内容)。だからこそ今回がきっかけとなるネットワークを大事に維持していかんとね。

その後すぐにあわただしくも国連に移動。約90分。

UN Population Division

今回の訪問先は国連本部とは違うTwo UN Plazaという建物だったが、国連本部と同様のセキュリティチェックが求められた。

今回お時間をいただいたのはDr. Buettnerで人口統計のプロフェッショナル。彼自身は地理情報を扱うことはほとんどないのだが、詳細人口データには強い関心を持っていて、CIESINとの連携を積極的に進めている。約1時間、大変ありがたいお話を伺い、その後十数分、オフィスを簡単に案内していただいた。今まで衛星データをいじくりまわすことばかりに関心が向いていたけど、人口データも自分で触れてみるような取り組みをすれば、研究の視野が広がるだろうし、Dr. Buettnerをはじめとした先端的な国際実業務に取り組む人たちに絡みやすくなるだろう。というか、それをやらないといっぱしの研究者であり続けることは難しいと思う。

でも、ベースとなる衛生データによるプロダクトを完成させなきゃ、人口データの問題には具体的に踏み込むことは難しいなぁ。あるいは、人口データプロダクトを出すことにこだわるのではなく、都市域マッピングに人口データを活用するとか。というか、それはある程度実践済み。

人口データを積極的に活用する姿勢に改めてみようと思う。

MoMA入り口

MoMA入り口

ニューヨーク現代美術館 MoMA

国連を去ろうとしたときに、何の計画も立てていなかったので、さっさと帰ろうとしたが、「↑Musium of Moder Art」という案内板が見えた。MoMAは、かなり昔に日本でも展示会を開いた記憶があったので、本場を見てみようと思い、行ってみることにした。

MoMAに着くとどえらい行列があった。入場のときに聞いた話だが、MoMAは金曜日午後4:00から閉館まで入場が無料になる。この行列は我先に無料入場せんという人の集まりだった。逆にこれのために金曜日午後4:00以降はとんでもなく混む。時間を選んで入場料$20払って入ったほうがマシ。これから行こうと思う人は注意を。

中庭にも彫刻などがある

中庭にも彫刻などがある

入ってみたのはいいけど、事前知識が全くなくて、ほとんど理解できん。2時間ほど滞在していたが、最後の1時間くらいはほとんどスルーしていた。見入っている人をけっこう見たから、分かる人には分かるんだろうな。

でも興味があったのは、コンピュータビジョンによるいくつかの作品。何を言いたいのかさっぱりだったけど、比較的ポップな感じでなんとなく「いいなぁ」と思えるものだった。

一通りの展示を見終わるころには、僕の脳味噌はインパクトのある現代美術に打ちのめされフニャフニャだった。話題性だけで行こうとするのは危険だ。教養レベルでも知識を積んでいくことを強くお勧めする。そうすれば作品の理解を促し、ただの苦行に終わることはないだろう。

帰宅時の受難

Port Authority Busterminalから路線バスを使ってLamont campusに移動するには、そこで自分を下ろすように運転手に言っておかないと、バス停をスルーされる。僕が運転手にそこで下ろすようにお願いすると「どこだかわからないなぁ」と言う返事が。うむ、困った。仕方ないので目を凝らしてLamont campusが通り過ぎた直後に「止まります」を押し、次のバス停から歩くつもりだった。

MoMAに揉まれて眠気充満な中、何とかLamont campusの看板を捉えた。別の人が「止まります」を押した。バスはいつまでたっても止まろうとしない。80km/hで2~3分だろうか、やっと止まった。

外は寒い、電灯が全くないので暗い、誰もいないので静かだった。そんななか日本人学生がスーツ姿でとぼとぼ歩く。20分くらいで済んだが、すれ違った車にはなんとシュールな光景に見えたことか。なんでNYくんだりにまで来て日本で終電逃したときみたいなことをやらなきゃいかんのだ。

夜空のカシオペアはいつもに増して輝いて見えた。

明日は自由の女神やWTC跡があるもっと南部に行く予定。

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